「延命望まぬ」その一言を後悔 終末期医療、医師に聞く

朝日新聞 2018年6月27日

在宅の患者を診る医師、神谷仁孝さん=愛知県西尾市
写真・図版
医師の神谷仁孝さんが使っている、在宅患者のベッドサイドに置かれている情報共有ファイル
 終末期医療の経験を書いた投稿が、朝日新聞の「声」欄に相次いでいます。「無理な延命を望みません」と医師に答えたことが誤解を生んでしまったことを悔やむ人、保険医療財政の厳しい事情を背景に「高齢者の命が軽んじられているのではないか」と感じている人もいました。届いた投稿を出発点に、在宅医療に取り組む医師や看護師、終末期の医療政策に詳しい専門家に聞いてみました。

手術や終末期の患者、病院と在宅医どう連携
 東京都内の女性(56)が、90歳の父を看取(みと)った時の経験を投稿してくれました。朝日新聞に掲載された投稿は、このような内容(一部抜粋)です。
 「父は誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)と診断され、1カ月の入院中は絶飲食のまま亡くなりました。医師から『人工呼吸器はどうしますか』『無理な延命になりますよ』と聞かれ、『無理な延命なら望みません』と答えたそのことが、看護師や他の医師も見る診療記録に、蘇生措置の拒否を示す『DNR指示』と何度も記録されていました」
 「父を看取った日、心電図のアラームが鳴っても看護師はなかなか来ず、到着した医師には『もう心臓止まってますよ』と言われました。救命措置すら行われなかったと胸がかきむしられる思いでした」
 この女性は、医師が患者に関わる医療者にDNRの指示を出す前に、どのように病状が変化していき、その時の処置をどうするのかについて、医師と家族がもう少し丁寧に話し合う必要があるのではないかと感じたそうです。
 この投稿を読んだ医師、神谷仁孝さん(42)からは、「私も病院勤務の頃、DNRを指示すると人間の尊厳が奪われてしまう感覚がありました」と書かれた投稿が届きました。
 神谷さんは現在、愛知県西尾市の「神谷内科整形外科」で外来診療をしつつ、在宅医療にも取り組んでいます。神谷さんは、患者に関わる看護師ら多職種のチームと徐々に情報を共有して、家族が自然な死を受け入れる空気づくりが大切だと言います。
 6月中旬、神谷さんの訪問診療に同行させてもらいました。
 神谷さんは和室に置かれたベッドの患者(91)を診察しながら、同居する家族に声をかけました。
 「点滴をやめてむくみが減りましたね。補液が多かったのかな」
 自動血圧測定器では血圧が測れず、神谷さんが「触診で上が80ですね」というと、家族は「やだ。お母さん、先生が来てくれたよ」と手をさすっていました。
 ベッドサイドには、在宅医療チームと家族との情報共有のために置いている「わたしの在宅ファイル」というバインダーがありました。どのような終末期を迎えたいか、患者の意思を示す「リビング・ウィル調査票」もファイルされていました。神谷さんは家族と記述内容を確認し、さらに「ご家族の方へ」と題した紙をもとに説明と確認を始めました。死が迫った患者の状態が最期の1週間どのように変化していくかを説明したA4判3枚の紙です。神谷さんはこう声をかけていました。
 「いつ呼吸がおかしくなってもおかしくないです」「呼吸がちぐはぐになってきたら、看護師でも医師でもいいので電話を下さい」
 女性患者は診察から1日半後、息を引き取ったそうです。神谷さんは「最期の時まで、本人は苦痛を感じることなく穏やかに過ごすことが出来ました」という家族の言葉が印象的だったと言います。
 神谷さんの専門は循環器内科。2013年3月までは、東京都内の大学病院や関連病院でカテーテル治療などを行ってきました。
 「心不全患者が病院で亡くなるとき、『家(うち)に帰りたい』と言っていました。心不全を繰り返し、再入院をしてくる患者を減らせないか。それなら家に診察にいけばいい……」
 こんな思いもあり、16年から医師、訪問看護師、ケアマネジャーらに呼びかけ、在宅医療の勉強会「ハートカンファレンス」を始めました。チーム医療には、「顔の見える関係」が重要だからです。
 「声」欄に届いている看取りを経験した家族からの投稿を神谷さんに読んでもらい、感想やアドバイスをもらいました。
 84歳の夫を病院で看取った愛知県の妻(74)から届き、掲載された投稿は、このような内容(一部抜粋)です。
 「医師に『生きている間に飲ませたい』と相談すると、口腔(こうくう)ケアの後、とろみ付きの水を与えることができました。その後は水を求めることも無くなり、ただ天井を見つめているだけでした。生きていて欲しいですが、食べられずに言葉も通じない状態には耐えられませんでした」
 「私自身は口から食べられなくなったら自然に終わりたいと願っています」
 この投稿を読んだ神谷さんは、逆に終末期の患者の家族から「食べられないので、点滴をして欲しい」と頼まれることもあります、と言います。そのような時、どうしているのでしょうか?
 「期間限定で、1日500ミリリットルの輸液を点滴しています。1週間後、浮腫が起きていないか、胸水や腹水がたまっていないか、体の状態を診ながら家族と一緒に評価をします。ご家族が輸液の効果がないと納得し、輸液をやめて数日後に看取るというケースもあります。家族が決定できるように促しています」
 また、在宅で夫を看取った千葉県の妻(75)からは、家での看取りを美化しすぎているのではありませんか、という投稿が届きました。「死に向かって衰え弱っていく愛する人を傍らで四六時中みていることは過酷でした」と感じたからです。
 このような声に、神谷さんは、こうアドバイスします。
 「患者は『家で』といっても、在宅でみていた家族が途中でつらくなって、病院で亡くなるケースもあります。私も訪問看護師やヘルパーと一緒に、家族が抱えた課題を解決しようと頑張ってみますが、選択するのは家族の皆さんです」
 ベテランの訪問看護師にも尋ねてみました。
 横浜在宅看護協議会会長で、横浜市鶴見区の「よりそい看護ケアセンター」社長の栗原美穂子さん(52)は現在、約100人の在宅患者を11人の看護師でみているそうです。栗原さんはいくつかの投稿を読んだ後、開口一番、「終末期の方向性を決めていく上で、やっぱり大事なのはいい医師や看護師と出会えるかだと思います」と言いました。
 最近も、このような経験をしたそうです。
 病院を退院後、自宅で訪問看護サービスを利用しようとするがん患者のため、栗原さんは東京都内の病院であった退院時カンファレンスに行ったそうです。引き継ぎのためです。患者の状態は、栗原さんにはどうみても「終末期」と感じましたが、医師は終末期と判断していませんでした。退院から1週間後に抗がん剤治療のため病院に通院しましたが、とても治療ができる状態ではなく、そのまま入院し、2日後に亡くなられたそうです。
 また、選択の余地がない人たちもいます。
 北関東で一人暮らしをしていた80代の女性は、ヘルパーを毎日のように利用していても、派遣先の事業所から車で30分かかるところに暮らしているため、受けられるサービスが限定されてしまいます。近所の人たちが助けていましたが、その近所の人の入院をきっかけに一人暮らしができなくなり、横浜市内の子どもの家に移ってきたそうです。
 在宅医療や家での看取りは、結局、患者や家族が暮らす地域に、どのような医療や介護のサービスがあるかによって、大きく左右されます。それでは、普通の人たちが、家族の終末期医療の方向性を決めていく上で、どのような方法をとればいいのでしょうか。
 栗原さんは、「病院でうまくコミュニケーションが取れず、それこそ急を要する場合は5分程度で同意書にサインを求められることもあります。医師も忙しいですからね」と言います。そのような判断に迷う時に、気軽な相談先として訪問看護ステーションを挙げています。理由は「地域の医療資源をよく知っているから」です。
 各国の終末期医療の法制度に詳しい研究者にもアドバイスをもらいました。朝日新聞デジタルの医療系サイト「アピタル」の連載を加筆して出版された「終(つい)の選択 終末期医療を考える」の著者、田中美穂さん(45)は、「声」欄に届いた投稿を読み、こう話しています。
 「人はいずれ死を迎えるので、人生の節目節目で終末期について考える必要があると思います。現代の医療は専門的で難しい話も多く、突然聞くと医師の話に引きずられ、最後に罪悪感にさいなまれることになってしまうこともあります」
 「『口から食べられない』状況も色々あります。とろみをつけた食事など工夫をすれば少しずつ食べられることもあります。元気な時のように食べられなくなったらおしまい、ということではないので、医師によく相談してみましょう」
 「投稿文を読むと、医師と患者や家族の間にコミュニケーション不足があるのではないかと思います。患者や家族が生命維持治療を過剰に差し控えることなく、医師らと十分に話し合った上で選択できることが大切です」

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