不妊治療行動促すアプリ社会問題、企業が解決

日経MJ2018年5月20日

 「どんな企業でも、ちょっと何かを変えるだけで社会問題を解決することができるはず」。そんな言葉を皆さんは信じられるだろうか。

Seemはスマホで簡単に精子の状態を確認できる
 企業の宣伝広告活動は、商品やサービスを「売り込む」こと。そう考える読者の方は少なくないかもしれない。ただ、世界的には、そうした傾向は明確に変わりつつある。
 そんなことを、400人近い広告関係企業を沖縄に集めて開催されるマーケティングアジェンダの席上で問題提起したのは、リクルートライフスタイルの入沢諒氏。
 リクルートでは、日本の少子化や人口減少問題に対する解決ツールの一つとして、精子のセルフチェックができる「Seem(シーム)」というスマートフォンアプリを開発した。世界が注目する広告賞であるカンヌライオンズ2017でモバイル部門のグランプリを受賞したのだ。
 日本では、不妊の原因の半分が男性側にあるにもかかわらず、不妊治療の初期においてほとんどの男性が自発的に行動を起こさない。Seemはこうした問題に対する解決策の一つとなる可能性のあるサービスだ。
 不妊の検査や治療を受けた夫婦は6組に1組と、人知れず悩んでいる夫婦が多いのが現状だそうだ。特に日本人男性にとって不妊の検査を病院に行って実施するというのは、かなりハードルが高い行為となっており、そのことで不妊治療の貴重な時間とお金が無駄になることが少なくないという。
 リクルートは、あくまで自社のサービスを顧客に提供して利益を得る営利企業だが、日本という市場において人口減少と高齢化が進んでいるという社会問題を自分事と捉え、その問題を解決するための一つの選択肢として、Seemを開発、提供を行うという判断をしたわけだ。
 注目されるのは、サービスを提供するというビジネスやマーケティングの延長で実施されている点だ。最近のカンヌライオンズでは、こうした社会課題をいかに解決するかという事例がたくさん出てきており、これは世界的なトレンドなのだという。
 従来の広告は、自社の商品やサービスの特徴をアピールしたり、自社がいかに素晴らしい企業かをメッセージやイメージで強調することが多かった。
 しかし、これからの広告やマーケティングでは、Seemのように企業が社会問題を解決する存在であることを、企業自らが行動で示すことが求められている、と言ったら言い過ぎだろうか。
 そもそも、こうした企業が社会問題を解決する存在であるべきと言う議論は、何も最近始まった議論ではない。

とくりき・もとひこ 名大法卒。NTTを経て06年アジャイルメディア・ネットワーク設立に参画、09年社長。14年3月から取締役最高マーケティング責任者(CMO)。
近代マーケティングの父と呼ばれるコトラー教授が提供した「マーケティング3.0」でも、企業は世界をよりよい場所にすることに焦点をあててマーケティングを行うべきだという問題提起がされていた。日本においても、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」を重視する「三方よし」が重視されてきた。

今回のイベントでも、吉野家の田中安人氏の「マーケティングを通じて世の中を豊かにしたいと本気で思ってる」という発言が非常に印象的だった。
 また、東日本大震災後にエステーが実施したミゲルのテレビCMが、日本の空気を少し前向きに変えることに貢献したという議論もあった。
 実は日本でマーケティングに携わる一人ひとり、少しでもそうした思いを日々秘めて活動すれば、少しずつ社会問題を良い方に変えられるかもしれない。
 そう考える私は甘いだろうか。

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