AmazonのPillPack買収で“店舗型の薬局”は消える!?

日経DI 2018/7/23

 2018年7月、米国Amazon.com社がオンライン薬局を展開する米国PillPack社を買収した。このニュースに、「Amazon.com社が書籍や家電に加えて、医薬品の販売にも手を広げるだけだろう」と思った読者も多いと思う。ただ、医薬品販売業界、ひいては、製薬業界にとって、このニュースはそれ以上の意味を持つ出来事だと、私は考えている。
 2013年に設立されたベンチャー企業のPillPack社は、患者が1度に服用する複数の薬剤を一包化し、服用日と服用時間を薬袋に記載し、患者宅まで配達するサービスを提供している。患者が同社のサービスを受けるにはまず、PillPack社のサイトに必要な個人情報、加入している医療保険、支払い方法などを登録。その上で、もともと処方されている医薬品があるケースではかかりつけの薬局から、新たに処方された医薬品があるケースでは担当の医師から、PillPack社が処方箋を受け取り、PillPack社の拠点で薬剤師が調剤して一包化。物流サービスを手掛ける米国UPS社や米国FedEx社が、患者宅まで配送する。
 日本の薬局とは異なり、米国の薬局では医療機関で処方された薬剤を一包化してくれるところはほぼない。複数の薬剤をさまざまな時間に服用する患者にとって、Pillpack社のサービスはアドヒアランスを高めるものだと言える。
 Pillpack社設立直後、たまたま同社の事業モデルを聞く機会があり、私自身、とても面白いと思って注目していた。というのも、全米では、複数の医療用医薬品を服用している患者が多いためだ。米国保健福祉省(HHS)が2013年から14年に行った調査によれば、45歳から64歳の中高年の約半数(49%)が、少なくとも1種類の医薬品を服用。20%が5種類以上の医薬品を服用しているという。65歳以上の高齢者に至っては、42%もが5種類以上の医薬品を服用している。こうした複数の医薬品を、正しい投与量、投与間隔で一定期間服用するというのは、認知機能が高い成人患者であっても結構大変なことだ。ましてや、認知機能も身体機能も衰えてきた高齢の患者にとって、どれだけ難しいことか容易に理解できる。
 実は米国では、医師が処方した医薬品のうち、患者が引き取りに来るのは約75%で、さらに受け取った医薬品をまじめに服用している患者は50%以下とする調査結果もある。実際、心臓発作を起こした患者の約40%は、処方されていた医薬品を服用していなかったとの研究成果も発表されている。医師の指導通り患者が医薬品を服用をしないことによって生じる医療費は、全米で毎年1000億ドル(約11兆円)に上るとされる。このように、患者のアドヒアランスの悪さが、入院や重症化につながり、米国の医療費を押し上げる要因になっているというのが、ヘルスケア業界の常識である。
 PillPack社の創業者で、最高経営責任者(CEO)を務めるT J Parker氏は薬局の息子で、子どもの頃から家業の手伝いをしており、高齢の患者が薬局に薬を取りに来るのに苦労しているのを知っていた。そもそも米国では、薬局のよほど近くに住んでいない限り、薬局に来るには車の運転が必要になる。そんな高齢患者に対してParker氏は、せっせと薬剤を配達していたのだ。そして「この状況を変えなければ」と、薬剤の一包化と配達サービスを手掛けるPillPack社を立ち上げたのである。
 とはいえ、PillPack社という、一介のベンチャー企業が提供するシンプルなサービスで、あらゆる患者のアドヒアランスを改善し、全米を一変させられるほど甘くはなかった。4500億ドル(51兆円)と言われる米国の医療用医薬品(処方薬)市場のうち、同社の売上高はたった1億ドル(約110億円)。
 米国の医薬品市場は、薬局ビジネスを展開する大手の米国CVS Health社、米国Walgreen Boots Alliance社、米国Walmart社に加え、医療保険会社と契約して製薬企業と価格交渉を行い、医薬品を安く仕入れ、薬局と契約して売りさばく仲介企業(Pharmacy Benefit Manager:PBM)である米国Express Scripts社、CVS社、米国United Health社が牛耳っている。彼らはPillPack社のようなベンチャー企業が太刀打ちできる相手ではない。実際、Express Scripts社がPillPack社への医薬品販売を一時拒否するなど、小さな新参者は古参の巨人にいじわるされていた。
 そこに目を付けた企業こそ、Amazon.com社だったのだ。公表はされていないものの、買収額は10億ドル(約1100億円)と推測されている。Eコマース市場の絶対王者であるAmazon.com社にとって、他社の買収は、それによりどれだけイノベーションを起こせるかが重要。オフライン(店舗型)だった薬局をオンライン化するだけでなく、一包化というサービスを付加して、患者のアドヒアランスの悪さという社会問題に取り組むPillPack社に狙いを定めたのもうなずける。
 もっとも、医薬品販売業、いわゆる薬局ビジネスは、大手企業が店舗の縄張り争いを繰り広げる巨大市場。最近は、業績が低迷するスーパーマーケットチェーンが薬局ビジネスに着目。Walmart社がWalgreen社やCVS社と手を組み、大手スーパーに薬局を設置する協業が広がっている。持病がある消費者は、医薬品を買いに定期的にスーパーに足を運ぶからだ。医薬品の流通・販売業界では、昨年来、CVS社が仲介企業(PBM)で医療保険大手の米国Aetna社を買収すると発表。その認可プロセスが進んでいる最中、今度は医療保険会社の米国Cigna社がExpress Scripts社を買収するなど、業界再編の動きが激しさを増していた。
 そんな矢先のAmazon.com社によるPillPack社買収である。買収発表後、Amazon社の株価が2%値上がりした一方で、医薬品の流通を牛耳るExpress Scripts社の株価は2.3%下落。店舗型の薬局を手掛けるCVS社やWalgreen社の株価に至っては9%も下落した。
 IT企業のメッカからほど遠い、ニューハンプシャー州マンチェスター市の小さなベンチャー企業が起こした革命を引き継いだAmazon.com社。今後、Eコマース市場の絶対王者である同社と、製薬企業をはじめとするヘルスケア企業とが直接関係を築くことで、医薬品の新たな流通ネットワークが構築される可能性も考えられ、薬局ビジネスが岐路に立たされているのは間違いない。いつか、“オンライン型の薬局”が世界を席巻し、“店舗型(オフライン)の薬局”を懐かしむ時代が来るかもしれない。

※本記事は日経バイオテクのコラム「日本と米国のビジネス戦略考」より転載したものです。

著者プロフィール
橋本千香 米国Gallasus社President
はしもとちか氏。日本企業の研究所に勤務後、渡米。複数のライフサイエンス企業で欧米企業との共同研究開発等担当。米国AGY Therapeutics社創業に参加し、ビジネスディベロップメントを担当。現在はバイオ、エンジニアリング、ITにフォーカスし、関連企業に技術導入、ビジネス戦略立案、投資、買収などのコンサルティングを行うGallasus社代表。

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