【宮崎】「医療崩壊地域」払拭目指した延岡市◆Vol.1医師大量退職から、患者啓発に条例制定

M3.com レポート 2018年6月20日 (水)配信水谷悠

 「医師の働き方改革」の議論が進む中、現場でも改革の動きが徐々にではあるが、確実に広がっている。
 改革を巡る論点の一つが、国民や患者の医療への理解という視点。「コンビニ受診」や、タクシー代わりに救急車を利用するなどの行為をいかに軽減するかがカギとなる。その成功例として挙げられるのが、宮崎県延岡市の取り組み。県立延岡病院での医師大量退職をきっかけに、2009年9月に「延岡市の地域医療を守る条例」を制定した。条例制定の経緯と、同条例により県立延岡病院での医師の働き方がどのように改善したかを紹介する(全2回の連載)。

患者啓発の先行事例、延岡市
 「延岡市の地域医療を守る条例」は、この種の条例としては全国の市町村で初めてで、公的な存在である行政と医療機関に加え、市民にも「責務」があることを明記したことが特徴だ(資料や関連する取り組みは、延岡市のホームページを参照)。その後、各地の地方自治体にも同種の条例を制定する動きが広がった。なお、都道府県では延岡市より2カ月早く奈良県が制定しているが、延岡市ほど患者側の責務には踏み込んでいない。

県立延岡病院で医師の大量退職
 この条例の制定に至る発端は、宮崎県立延岡病院で起こった医師の大量退職だ。延岡西臼杵、西都児湯の両医療圏の地域を合わせて「県北地域」と呼ぶ。県北地域から宮崎市へは距離があるため、延岡病院は「最後の砦」だ。同病院で、2002年に麻酔科医5人全員が退職(その後、麻酔科医の確保には成功)したのを皮切りに、2006年に眼科、2007年に精神科、2008年に消化器内科、2009年に神経内科が休診。眼科と精神科は、いったんは再開したがまた休診、消化器内科は2013年に再開したが、神経内科は現在まで休診が続いている。
 こうした事態を受け、2008年10月に「延岡市医療問題懇話会」が発足して対応を協議。メンバーは延岡市、宮崎県、医師会、県立延岡病院のほか、住民や企業の代表も加わって問題解決について議論を始めた。だがその矢先、同病院で救命救急科、血液内科、腎臓内科各1人、神経内科3人の医師計6人が退職することが2009年1月に県北地域の地元紙「夕刊デイリー新聞」に掲載され、全国的にも大きく報じられた。
 大量退職の一因には、夜間・休日の救急患者数の激増があった。全国的にも「コンビニ受診」が注目を集めた時期だが、延岡病院では1993年度に2842人だったのが、1998年度5211人、2003年度7128人と増加し、2007年度に9237人にまで増えてピークに達した。このうち入院に至った患者数も増えてはいるが、多くは結果として入院に至らない患者だった。医師の定員は66人だが、2007年度は62人、2008年度は56人で、当直は専門外の医師が当たることもあり、患者からのクレームも入るなどして現場が疲弊していったという。

夜間・休日の救急患者数の推移。延岡市提供資料より作成
 延岡市健康福祉部地域医療対策室主任主事の吉田昌史氏によると、「全国的に、『延岡は医師に劣悪な環境だ、医療崩壊地域だ』と出てしまった」。そのイメージを払拭するために、市民も巻き込んだ運動が始まり、一過性のものとして終わらせないため、旗印として条例が制定された。

条例や啓発、救急患者は半数に
 条例に規定された行政、市民、医療機関それぞれの責務は次の通り。

行政
 地域医療を守るための施策の推進
 健康長寿を推進するための施策の実施

市民
 かかりつけ医を持つ
 適正な受診(時間内の受診など)
 医師等に対する信頼と感謝
 健(検)診の積極的受診と日頃からの健康管理

医療機関
 患者の立場の理解と信頼関係の情勢
 医療機関相互の機能分担と相互連携
 医療の担い手の確保と良好な勤務環境の保持

健(検)診への協力
 努力規定とはいえ、市民の責務を明記したもの。こうした内容の場合は行政からいわば「押しつける」形ではなく議員提案が常道だが、この条例は市長提案で制定された。市民団体「県北の地域医療を守る会」事務局長の福田政憲氏によると、「市民はそのとき初めて、医療がそこにあることは当たり前でない、ただ医療を消費してきたからこうなったと気付いた」という。当時、購読者の多い地元紙で医師大量退職問題がたびたび報道されたことで、危機意識が醸成され、行政や市民団体の啓発が功を奏した。

延岡市役所
 市民団体は2009年1月に署名活動を開始し、「皆さん!県北医療が大変な危機です!」と題し、県に医師補充を求めることや患者には時間外の安易な受診を控えること、医師に感謝の気持ちを伝えることを訴えるチラシを作成して1カ月で約15万筆を集めた。県北の9市町村合同で作成した約10万枚のパンフレットや、保育園や地域のイベントでの啓発活動も継続的に行ってきた。
 吉田氏は、「『地域医療』と言って(イベントに)集まる人は、そもそも意識が高い。それ以外の無関心な人がコンビニ受診をしてしまう」と指摘。そのため、若い父母向けに、子どもの音楽会や人形劇を催して人を集め、そこで地域医療についても啓発するなど、工夫を凝らしてきた。病院や医師会、医師の派遣元である宮崎、熊本、大分の各大学医学部には、子どもたちの手作りカレンダーを毎年贈呈。異動する医師に歓迎や感謝の手紙を贈る活動も、現在まで続いている。
 啓発活動の効果はてきめんで、延岡病院の夜間・休日救急患者数は2008年度6756人、2009年度5118人、2010年度5015人、2011年度4374人と半減させることに成功。現在まで5000人弱程度で推移している。
 実は、医療法には、努力義務ながら国民の責務を定めた条文がある。第6条2項の「国民は、良質かつ適切な医療の効率的な提供に資するよう、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携の重要性についての理解を深め、医療提供施設の機能に応じ、医療に関する選択を適切に行い、医療を適切に受けるよう努めなければならない」がそれだ。「医師の働き方改革」でも、この規定の考え方をいかにして国民、患者に啓発するのかという議論がある。延岡市の条例は、この医療法の考え方を、他に先駆けて実践したものと言えるだろう。

初期医療体制整備や開業補助、人材育成
 行政の施策としては、初期救急医療体制を整備した。2007年度の時点で、夜間急病センターや地元の開業医によって、準夜帯は毎日対応が可能だったが、深夜帯は金曜日しか対応できておらず、平日の早朝や土曜日の午後など空白の時間帯もあった。延岡市医師会や大学の協力を得ながら徐々に体制を拡充し、現在では水曜日から土曜日までの深夜帯と土曜日の午後も対応可能になっている。ただ、吉田氏によると地元開業医の高齢化や、行政の財政負担の大きさから、これ以上の充実は難しく、現状維持が精一杯という状態だ。
 宮崎県は人口10万人当たりの医師数が2016年に全国平均を割ったが、県内での医師偏在も著しい。三師調査によれば2016年12月末時点で、県全体の医師数は2754人。延岡西臼杵医療圏はその9.5%に当たる262人、その南の西都児湯医療圏は4.9%の136人。宮崎市を含む宮崎東諸県医療圏は55.9%の1539人だ。開業医の高齢化も進む中で、なんとか市内に開業医を増やすために、2009年度からは「新規開業促進事業補助金」を交付。新規開業奨励金500万円(小児科は1000万円)などを交付。これまでに9件がこの補助金を利用して開業している。2015年度には「周産期・小児医療環境整備促進事業補助金」も始まり、同年度に2人、2017年度に1人、市内の病院で常勤医師が雇用され、雇用奨励金が交付されている。
 先を見据えた人材育成の取り組みでは、夜間急病センターの見学・体験会や、講演会を実施。2011年度に始まった県北の中高生を対象とした講演会では、医師による講演の他、医学生や薬学生、看護学生を交えた意見交換会が人気だといい、当初聴く側だった中高生が医学の道に進み、宮崎大学医学部生として登壇する例も出ている。
 医師会では、勤務医の負担軽減策として、消化器内科と神経内科に関して、開業医を含めた輪番体制を構築した。消化管出血患者は、延岡病院を含む4病院による体制で受け入れる。脳血管障害疑いの患者が出た際には、CTで脳出血と診断した場合には延岡病院の脳神経外科へ、脳梗塞ならば延岡病院に神経内科がないことから、それ以外の4病院の輪番体制で受け入れることになっている。

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